6/4(金)
朝から雨だった。いや、昨日の夜からか。
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久々に読みたい本リストをつくった。でも大抵古いから、見つからないんだよね。
画集とか借りてみようかな。まったくもって詳しくないけど…。最近知ったのだと、アンリ・ル・シダネルという画家の作品が好きです。
美術館いきたいな。詳しくないけど…。
6/5(土)
図書館に。貸出カードの更新をしてもらった。伊藤計劃の小説を借りた。
エミール・シオラン『生誕の災厄』を買った。
言葉のほかに何が自分を傷つけるか。物言わぬ記憶、存在、考えうる限り最悪の結末、想像。
疲れた。何も考えたくない。何も見たくない。
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でもまだ、死にたくない。
6/6(日)
ご無事で。もし、これが永遠の別れなら、永遠に、ご無事で。
(太宰治『斜陽』)
あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っています。
(太宰治『駈込み訴え』)
6/7(月)
気に入りの画家の名前をど忘れしてしまって(絵は思い出せるのに)、思い出すのに汲々としていた。レオン・ボンヴァンだった。
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動かなかった青空文庫のアプリが復旧してた!よかったー。
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唐突に宮沢賢治の童話が読みたくなり、読んだ。よだかの星を読んだ。何回読んだろう。
賢治の詩に、童話に、何度傷つけられ、何度救われてきただろう。
賢治と友達になりたかった。
よだか、お前の心は弱かったけど、醜くなんかなかった。一番、美しかったよ。
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「色んな相手が、色んなことを言ってきた。でも、心配も、干渉も同情も、等しく苦痛だった。誰にも会いたくなかった。なにも押しつけず、なにも言わず、ただ僕の話を聞こうとしたのは、あなただけだ」
(島本理生『よだかの片想い』)
僕の食べた物 全てがきっと生への対価だ
今更な僕はヨダカにさえもなれやしない
(ヨルシカ/ 靴の花火)
殺すことでしか生きられないぼくらは
生きていることを苦しんでいるが、しかし
生きる喜びという
不確かだがあたたかいものに
惑わされつづけ、今も生きてる
(きのこ帝国/ 夜鷹)
6/8(火)
「だからね、わたし、カラダが生きてて、変化するもので、永久とか永遠なんてものはなくって、生きるって苦しくて痛いものなんだ、ってはじめて実感したの。これが生きていることなんだって。この苦しさが、人間が生命である証なんだって。そう思うと、突然怖くなったの。自分が命であることが、自分が生命であることが」
(伊藤計劃『ハーモニー』)
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・無関心と寛容は違う
・寛容と肯定は違う
・肯定は必ずしも好意とは限らない
・否定する勇気/否定を受け入れる柔軟さ
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好きだから耐えるというのは、可笑しい。それは何とも向き合っていない。繕ってるだけだ。
6/9(水)
きのう読んだ『ハーモニー』の余韻がまだ残っている。
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引っ張り出した影の影
染み込んでる孤独な日々
世界中が苛ついたって
デタラメに今日もわめいてみせる
(the pillows/ LAST DINOSAUR)
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芥川の『歯車』を読んだ。締め方がよかった。
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私は臆病だよ。
止められないし、逃げ出せない。
黙って見ていることしかできない。
見殺しにすることしか。
私には私を殺す責任もなければ、
生かす責任もない。
6/10(木)
自分の感情に自分で作用される奴は
なんとまあ 伽藍なんだ
(中原中也『不可入性』)
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自分にとどめを刺すのは、そうだなあ、
やっぱり自分がいいな。