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灰色の記憶

日記 7/2-7/8

7/2(土)

ヘミングウェイの晩年を思っていた




7/3(日)

ロレンス『チャタレイ夫人の恋人 完訳』(伊藤整訳、伊藤礼補訳 新潮文庫 1996.11)を買った。


完訳ではないのを前に買っていた。




7/4(月)

「哀れな身寄りもない年寄りをなぐったりすると、ひどい罰が当たるぞ」と老人はうめいた。
おまえみたいなのを見ていると、こっちまで生きてるのがイヤになる、と少年は心の中で言い返した。死んじまえ、さっさと。人間は多すぎるんだ。


「人間を神にする力がないのなら、聖霊なんて空気と同じだ」

(日野啓三「天窓のあるガレージ」)



自分が誰からも必要とされなくなる日をぼんやりとでも予感できるようにならなければ、自分を必要とはしないものの存在はわからないのだ。

(日野啓三「夕焼けの黒い鳥」)




7/4(月)

夜の7時。夕焼け。




7/5(火)

蝉が鳴いている。




7/5(火)

トーマス・マン魔の山(下)改版』(関泰祐、望月市恵訳 岩波文庫 1988.10)を買った。


・『日本文学全集17 堀辰雄 福永武彦 中村真一郎』(河出書房新社 2015.3)

・『日本文学全集21 日野啓三 開高健』(河出書房新社 2015.8)

を借りた。




7/6(水)

生きることを本当に知らなかった者にとって、ただ死にさえしなければいいと思っていた者にとって、生きることは汲み尽されない悦びの泉でした。


自分から進んで断食した者よりも、否応なしに飢えさせられてしまった者の方が、己には親しい。


己には日附のついた過去というものはない。それは思い出す限り平べったくて、しかも前後もなければ関係もない。まるで暗闇の中からぽつぽつと明りが見えるようなものだ。いつ何処にいて何をしたのか、己はそれを言い表せない。

(福永武彦「深淵」)




7/7(木)

くすんでいく紫陽花。

12時6分。太陽の動きを感じる。

16時57分。また太陽の動きを感じる。

19時47分。救急車の音がする。




7/7(木)

一人の人間が救えなければ、全世界をも救えないのです。


己は全身が胃袋である状態に馴れてしまった。飢が己の中に生きている別の生きものなのでなく、己自身が飢になってしまった。


わたしひとりが罪人なのではなく、わたしたち二人ともが罪人であることをこいねがいました。彼にはわたしだけの知る秘密があり、わたしには彼だけの知る秘密があることによって、わたしたち二人の間がしっかりと繋び合さっているようにと願いました。


わたしは憐みを受けて慰められるよりも、わたし一人の道を歩んで行きたいのでございます。


わたしは誰からも認められることのないこの世の異邦人なのでございます。


お前は余計者だ。お前は己の邪魔だ。己は一人だ。お前にそれが分らないのか。己はお前を連れて行くことは出来ない。なぜなら己は己だからだ。お前は己ではないからだ。


彼が獣ならばわたしも獣になりましょう。彼が人非人ならばわたしも人非人になりましょう。どのような苦痛も虐待もいといません。わたしの信仰が邪魔になるならばそれも捨て去りましょう。わたしの魂が彼の重荷ならば、魂も捨て去りましょう。わたしは魂のない人間になるつもりでございます。

(福永武彦「深淵」)



ひとっところにとどまっていられない人間の業。




7/8(金)

すべて現実の一日に伴うものは
嘘のように 空しくなる。

(D.H.ロレンス「たそがれ」)



自分の歓喜を語る言葉はなく、
ただ 大らかに 発光する微風を息づく
壮麗な樹々にならえよ。

(D.H.ロレンス「コロー」)



私は知っているのだ、死はこれから生きないよりはずっとましなことを。

(D.H.ロレンスキンギョソウ」)



ひき裂かれた紅の日没は もうやって来ないであろう。

(D.H.ロレンス「火あかりと夕闇」)



幼年時代の魔力が
わたしに乗りうつって、わたしの大人としての存在は
溢れる思い出の中に投げすてられている、わたしは子供のように 過去を慕って泣くのだ。

(D.H.ロレンス「ピアノ」)



私たちは知るのだ、
美は死の向うまで滅びることがなく、
完全な、輝かしい経験は決して
無に帰することがないということを、
そして 「時」は月の光をうすれさせることはあっても
この半端な人生で私たちの完全な達成は
いろ褪せて消えることはないということも。

(D.H.ロレンス「月の出」)



おれは見ているぞ、おまえがちょっとの間
忘却に身をふるわしながら、
みだらにも陶然としている様子を、

(D.H.ロレンス「蚊」)



食物と、恐怖と、生命の歓び、
愛はなく。

この順序を逆にして、
生命の歓びと、恐怖と、食物、
すべて愛はなく。

(D.H.ロレンス「魚」)



きみの誇張された愛の終末、
愛の中に自分を見つけることができないで
ただ 分解して、ますます自分を失うにすぎないきみ。

愛することのオルガスムから
きみの永劫に失われた、太古の、孤立した本体を取り戻せないきみ。
宇宙の中の きみの単独。

愛することにおいて
きみの孤立の限界をぶちこわし
いやが上にもぶちこわしていく、
だが こういう混交の墓から再生して、
新しい、誇りにみちた単独に立ち上がることの決してないきみ。

(D.H.ロレンス「たそがれの国」)



愛というものは強烈で、個人的で、無限ではないということを悟っていないのか?

(D.H.ロレンス「たそがれの国」)



楽天主義者は独房の中に自分を安全に築き
その内側の壁を空いろに塗り
ドアをがっちりと閉じて
そしておれは天国にいるんだと言う。

(D.H.ロレンス楽天主義者」)



人々はいつも 平和を愛すると言うときに戦争を始める。
平和の喧ましい叫びは闘いのときの声よりもなおひとをおののかせる。
平和を愛するという理由がどこにあろう?戦争をするのが悪いことはあまりに明白だ。
喧ましい平和の宣伝は戦争を切迫したものに思わせる。
それは戦争の一種だ、また、自己主張や他人のために賢明になることもそうだ。
人々は自分のために賢明であればよい。

(D.H.ロレンス「平和と戦争」)



私はもう飽きあきしている もはや愛というものがないのに
烈しく罵り 愛されることをしつこく主張する女には。

(D.H.ロレンス「私が求めるものは​───」)



罪は消えている、罪は消えている、だが汚れは消えていない。

(D.H.ロレンス「性は罪ではない​───」)



性はそっと放っておけ、性はそっと放っておけ、すぐに死ぬままにしておけ、
すぐに死ぬままにしておけ、再びみずから起ち上がるまで。

(D.H.ロレンス「性はそっと放っておけ​───」)



私は 人々が全く太陽を失っているのなら
生存しないほうがいいと思う。

(D.H.ロレンス「民主主義」)



すでに われわれのたましいは
無残な傷口からもれでている。

(D.H.ロレンス「死の船」)



肉体は少しずつ死ぬ、そして 臆病なたましいは
押しよせてくる暗い洪水に、その足場を流されている。

われわれは死にかかっている、死にかかっている、われわれのすべてが死にかかっている、
そして、いかなるものも、われわれの中に満ちてくる死の洪水を止めることができない、
やがて この洪水は世界に、外の世界に溢れていくだろう。

われわれは死にかかっている、死にかかっている、少しずつ われわれの肉体は死んでいく、
われわれの力は抜けていく、
そして われわれのたましいは洪水の上に降る暗い雨の中に 裸でふるえている
われわれの生命の樹の 最後の枝にすがってふるえながら。

(D.H.ロレンス「死の船」)




7/8(金)

20時32分。ただいま、と外から声が聞こえた。